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釧路地方裁判所 昭和40年(ヨ)48号 判決 1965年10月26日

債権者 岩谷隆司

債務者 明治ダンボール工業株式会社

主文

債権者の申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

事実

一、債権者は、「債権者が債務者に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。債務者は債権者に対し昭和四〇年四月一日以降本案判決確定に至るまで一箇月三万一六〇円の割合による金員を毎月二五日限り支払え。」との裁判を求め、債務者は主文と同旨の裁判を求めた。

二、債権者は、「一、債務者は、ダンボールシートの製造、販売、およびこれに関連する事業を営む会社であるが、債権者は、昭和三九年六月一日、債務者に、期間の定めなく雇傭され、事務課長代理として勤務してきた。しかるに、債務者は、同四〇年三月一一日、債権者に対し、債権者の退職の申込を受諾し依頼退職とする旨の意思表示をなし、以後出勤を拒否し給料の支払いをしない。しかしながら、債権者は退職の申出をしたことがないから、債権者、債務者間に、雇傭契約の合意解約は存在しない。二、ところで、同年三月一一日当時、債権者の基本給は一箇月三万二〇〇〇円であり、うち健康保険一〇三九円、厚生年金五七七円、失業保険二二四円が控除され、三万一六〇円の支給を受け、右給料の支給日は毎月二五日であり、債権者は、八人の家族を扶養しているが、四月以降収入がなく生活は困窮している。よつて本申請に及ぶものである。」と述べ、債務者の主張に対し、「一、債権者が、同四〇年一月二二日債務者に対し退職届を提出したことは認める。しかし、債権者は、当時の社長向山安雄に説得され同年二月四日右退職の意思表示を撤回した。二、債権者が、同四〇年三月五日、債務者に対し事務課長代理の辞令を返上したことは認める。しかし、債権者はこれによつて退職の意思表示をしたものではない。」と述べた。

三、債務者は、「一、債権者が債務者に雇傭され、事務課長代理として勤務していたことおよび債権者の給料の点は認める。しかし、債権者は同四〇年一月二二日債務者の当時の代表者向山安雄に対し退職届を提出し、さらに同年三月五日には、事務課長代理の辞令を返上し退職の意思を明確にしたので、債務者は、やむなく、同月一一日、右申入れを受諾しこれを通知したものである。従つて右雇傭契約は解約された。二、債権者が右退職届を撤回したことは否認する。仮に、右の撤回があつたとしても、三月五日になされた辞令の返上は、新たな退職の申込みであり、現に債権者は、同月一一日、債権者の机の中の書類一切を返上して退出し、さらに同月二五日、職員給与を、諸控除しないまま(退職の際は、失業保険料のみを控除し、その余の控除は行なわない)、異議なく受領していることからも充分これを推認できる。三、保全の必要性に関する主張はすべて否認する。」と述べた。

四、疎明<省略>

理由

一、債務者がダンボールシートの製造、販売およびこれに関連する事業を営む会社であること、債権者が昭和三九年六月一日債務者に期間の定めなく雇傭され、事務課長代理として勤務していたことは、当事者間に争がない。そこで、債務者が主張する右雇傭契約の解約の成否について判断する。

(一)  債権者が同四〇年一月二二日債務者の当時の代表者向山安雄に対し退職届を提出したことは、当事者間に争いがない。しかし、証人向山安雄の証言によつて成立の真正が認められる疎甲第六、第七号証および同証言、債権者本人尋問の結果によれば、債権者が、同年二月四日頃、代表者向山安雄に対し右退職届を撤回する旨の通知をなし、右通知がその頃同人に到達したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。従つて、右退職届をもつて解約の根拠とすることはできない。

(二)  次に、債権者が同年三月五日債務者に対し事務課長代理の辞令を返上したことは、当事者間に争いがない。

右辞令返上の行為をもつて退職の意思表示があつたとみれるかどうかについて判断する。およそ法律行為の解釈は表示行為が有する客観的意味を確定するにあり、之がためには表示行為そのものを組成する当該意思表示のなされた際の諸般の事情に即して客観的合理的に解釈するを要することは云うをまたない。ところで成立に争いのない疎乙第四、第一一号証と証人向山安雄、福田義雄、永井大策の各証言、債権者本人および債務者代表者の各尋問の結果によれば、右辞令返上がなされた経過として次の事情が認められる。すなわち、債権者は、もと明治鉱業株式会社庶路鉱業所に坑内夫として雇傭され、同鉱業所労働組合の書記長に就任していたが、同三九年一月三一日、同鉱業所の閉鎖にあたり同会社は、労働組合その他の間に、新たに数種の関連企業を開設して、閉山に伴う離職者全員をこれに雇傭する旨の協定を締結し、右協定に従つて債務者会社その他の会社が設立された。右閉山協定の際日本炭礦労働組合北海道地方本部の意向をうけ前記鉱業所労働組合の三役の就職については労務政策上特別の配慮をなし債権者は債務者会社の事務課長代理、川口執行委員長については関連企業である明建製作所の営業課長代理の地位を与え之を採用するに至つた。ところが、その後右協定の完全実施は到底期待されない事態となつたため、債権者は、之を察知した関連企業への就職をまつていた離職者から攻撃をうけ、債権者自身右協定締結に関与した者として右の事態に責任を感じる一方、会社内にあつては、債務者会社において工場長その他の会社幹部が債権者を管理職者として取扱わず自己を疎外しているものと邪推し辞意をもらすに至り、遂に前記のとおり退職届を提出するに至つた。その後債権者は、前記のとおり右退職届を撤回したものの、二月末頃から再三に亘つて執拗に、債務者の常勤取締役であり札幌在住の向山社長に代り常務を掌理していた片岡工場長に対し、事務課長代理を辞め一工員になりたい旨を表明し、了承を求めたが、同工場長は、事務課長代理をば工員に降格するようなことは懲戒としてもたやすく出来ないことであるとして右申し出を拒否し、組合との労働協約締結事務を担当するよう慰留し、他方債権者採用の前記経緯から釧路地方炭礦労働組合協議会議長福田義雄もまた片岡工場長の意をうけ前記就職の経緯から強く飜意を求めてきた。しかるに債権者は、三月五日一方的に辞令返上の挙に出るに至り、連絡をうけ前記福田義雄も最終的にその非を説き重ねて飜意を求めたが、債権者は自己の意向を固執して譲らなかつたためその旨を片岡工場長につたえた。この間三月八日付文書で債権者は工場長の内諾があつたものと一方的に断定し工場に帰る旨の意思表示をなし、同月一〇日、工場長より債権者の要求は容れられない旨申渡されるやその職場を離れた。右認定に牴触する、債権者本人、債務者代表者本人尋問の結果は措信しない。右の事実からすれば、債権者債務者間の雇傭関係は労働契約に於て当初からその職種地位が定められ、事務課長代理と云う地位は雇傭関係より発生する指揮命令に基づくものでなく、雇傭契約と不可分の関係に立ち、雇傭関係のみを存続させ事務課長代理と云う地位を自己の都合で任意に放棄する如きことはできないものと解するのが相当である。従つて債権者の辞令を返却した行為は、自己の都合により雇傭関係を終了させようとする意思表示と解するのが相当である。表意者である債権者の内心の意思が雇傭関係をそのまま存続させ事務課長代理の地位のみを離れることを意図していたものとしてもこの表示行為により推断されるところは前認定の通りであり、表示により推断されるところと表意者の内心の意思との齟齬が存するときは、錯誤或は心裡留保として表意者が保護される場合も存しないわけではないが、そのことは法律行為の解釈を左右するものでなく又債権者に於て内心の意思との齟齬については何等主張するところはない。

(三)  そして、債務者が、同月一一日、債権者に対し、その退職を受諾する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがなく、従つて本件雇傭契約は、これによつて解約されたものである。

二、以上のとおり、雇傭契約の存続を前提とする本件申請は、保全権利の疏明を欠くものであり、疏明にかえて保証を立てさせることは相当でないから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松浦豊久 友納治夫 鈴木悦郎)

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